美とデザインについて。

理に適ったエゴ、つまり「美」に即した固有な商業デザインとは何か。かつてのぼくは、「こんな問いは、考えるまでもないナンセンスな問いだ」と考えていた。

それよりも、マーケティングリサーチ、ポジショニング、競合優位性、それらを実現する正確なストラテジーの方がよほど大切だ。と、そう考えてきた。

20代のぼくは、資本主義という立場から見たビジネスという文脈の中で、自分が好きな「お絵描き」という営みを、職能として「あり」にさせてもらうために必死だった。

けれど、ぼくがデザイナーとして働くようになってからの10年間で、技術的進歩が驚くほどに加速するのに合わせ、デザイン言語もますます普遍化の一途をたどるようになると、この美に関する問題は、ぼくの中で改めて喫緊の関心事となって戻ってきた。

もう今までのように「論理的なビジネスお絵描き」を続けていては、デザイナーとして経済というレイヤーの上に在ることを許してもらえない。最近の世界はぼくに「美を顕現せよ」と強く要請してくる。

ぼくだけじゃない。ぼくの周りの多くのデザイナーたちも、さまざまな装いのもとに数えきれないほどの美意識主義のコンセプトを考え出しはじめている。

それらは時に道徳的なエートスを纏い、或いは自然主義的なパトスを帯び、また商業的誘因に主導されながら、多様な美の相貌を見せてくれる。

ぼくたちデザイナーにとって現代は、とても楽しく、でもとてもひりひりする、再生の時代の入口だと感じる。何か嬉しい。

この調子で、ぼくたちは素直に時代の要請に応えていこうと思う。世界に自分を溶かすことで、或いは自分のエゴをどこまでも拡張することで、世界と同期しながら、自然を手伝うような仕事をしようと思う。

もうその環境は用意されている。頭だけでなく手足を動かしながら、旅を続けよう。


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