身体感覚が先。言葉は後。

今日も今日とてロゴづくり。福田です。

つくりながら、自分を透明化していくことに努めている。

透明度を上げながら、2年前の記憶が蘇ってきたので投稿。

思い返せば、2018年6月以前のぼくは、言葉とか理論を足掛かりにロゴやマークをつくっていた。なので、ぼくの思い通りのビジュアルをクライアントに納品していた。今になって昔の自分の作品を見返すと、どこか不自由だと感じる。外堀を固めて、その中に、狙い通りにきちんと建築を進めていく感じ。それはそれで、クライアントにとってはとても美しいマークにはなっていたのだろうけれど、それはどこまで丁寧に設えても、ぼくにとっては、ぼくの中から出てきた「既に知っている」作品でしかなかった。いつしか、仕事が思い通りにしか進まなくなって、面白味が減ってきた。

そんな時(2018年6月)に、妻から「福ちゃんはもっと空から降ってきたものを可視化すればいいのに。」的なことを言われた。

当時のぼくは、その意味を知らなかったけれど、何か妻が言っていることが本当のことっぽいなと感じたので、試しに言葉で考えることを意識的に辞めて(思考を停止しようと努めて)、目とか皮膚を使って世界と積極的にコミュニケーションしながら制作をしてみた。そうしたら、ほんの数時間で、ぼくの意図を超えたマークが完成して、驚いた。ぼくにとってそのマークは美しかった。クライアントに説明するための意味は、後付けで定義した。そのクライアントには、いくつかのロゴ案を提出して却下されて、ということを繰り返していたのだけれど、この空から降ってきたものを捕まえたマークを見せたら、すっと採用された。

今考えると、理論でプレゼンしていた時は、クライアントから理論で覆されたら造り替えるしかなかったのだけれど、わりと純粋な感覚を真ん中に据えて、その外側を理論で包んでプレゼンしたのだから、通らないわけがなかった。

ぼくは、そのクライアントにデザインリテラシーがないと思い込んでいたけれど、デザインリテラシーがないのはぼくの方だった。そうやってつくったロゴマークは、ぼくにとっても、クライアント(を含めた世界)にとっても、美しく有用なものになるのは、当たり前だった。

そんな、ぼくの転機となった作品が、これ。

当時、機会をくださった合同会社BE.Iの藁谷さんと、助言をくださった妻に、心から感謝しています。ありがとうございます。


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